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静岡地方裁判所 昭和53年(行ウ)7号 判決

原告 瀬戸行男 外三九名

被告 静岡県知事

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告が昭和五三年一月二六日付をもつて小泉アフリカ・ライオン・サフアリ株式会社の富士自然動物公園計画に対してなした都市計画法二九条の開発行為許可処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(本案前の答弁)

主文同旨

(請求の趣旨に対する答弁)

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  行政処分

訴外小泉アフリカ・ライオン・サフアリ株式会社(以下「訴外会社」という。)は、昭和五二年九月二七日付で被告に対し、裾野市須山字藤原二二五五の二七ほかの合計約七四万平方メートルの地域における自然動物公園造成を目的とする開発行為(以下「本件開発行為」という。)の許可を申請し、被告は昭和五三年一月二六日、都市計画法二九条に基づき、右開発行為を許可(以下「本件許可処分」という。)した。

2  原告らの地位

原告らはいずれも、本件開発行為の開発区域の付近に住む住民か、あるいは開発区域に通じる公道付近に住む住民か、あるいは開発区域下を流れる地下水脈水を飲用している住民である。

3  本件許可処分の違法性

本件許可処分には、以下に述べるとおり、都市計画法三三条の定める開発許可の基準に違反する違法がある。

(一) 排水計画に関する都市計画法三三条一項三号違反(地下水脈汚染)

(1)イ 本件開発行為にかかる計画によると、計画地上には一日平均で、動物の糞一八五九キログラム、尿一一三九キログラム、合計三〇九八キログラム(三〇九八人分の汚物に相当)、入園者の汚物七六九八キログラム、従業員の汚物八五〇キログラム、食堂の廃物七二〇キログラム及びその他の生活廃水が排出される。

ロ これらのうち、放飼動物の尿の全部及び糞の三割は未処理のままたれ流され、また放飼動物の糞の七割、舎屋内の動物の糞尿全部及び入園者、従業員の汚物並びに生活廃水の全部はBOD一〇~一五ppm、SS二〇ppm程度に稀釈されて調整池から地下に垂直に埋設されたパイプにより(稀釈された汚水は一日四八〇トン)結局すべて計画地において地下浸透処理される。

ハ ところで、人間の汚物中に病原体であるバクテリア、ウイルスが存在するのは勿論のこと、動物の糞尿中には動物から人に感染する病原体として現在明確に判明しているものだけでも、ウイルス二九種、細菌二一種が挙げられている。更に、アフリカ産の動物の糞尿には研究し尽されていない多種類の未知の病原体が含まれていると考えられている。

ウイルスは抵抗力も強く、ことに細菌内ウイルスは塩素でも容易に殺すことはできない。また、水中で数ケ月以上の活性を保持するものもある。なかには流行性肝炎を起すものがあり、これによる肝炎は重篤で現在特効薬もない。流行性肝炎はしばしば水系流行を起している。

ニ 計画地は富士山の火山灰土及び溶岩地帯のため、微生物は少なく、土壌によつては細菌、化学薬品その他の混入物は吸収、浄化されないし、また、透水性が非常に高いため、計画地において地下浸透式で排水された前記汚物並びに汚水は、約四八時間経過後、地下一一〇メートルに達する。

ホ 計画地下約一一〇メートルには、富士山の雪どけ水を中心とし、計画地一帯の森林を涵養林とする地下水脈が通つており、前記汚物、汚水はこれに混入される。右水脈は駿東郡清水町八幡字泉二〇四番地に達し、ここで地上に涌出しており、右涌水は、ここの上水道施設により、沼津市、三島市、駿東郡清水町等の各家庭に飲用水、生活用水として配水されている。また、右水脈の途中には裾野市、駿東郡長泉町の各上水源がある。そして、右水脈上の市町村の上水道施設は、右地下水が雑菌や不純物のない良質の清水のため浄化設備を持たないから、地下水に汚物が混入すればそのまま飲用することになる。

ヘ したがつて、毎日右地下水を上水源とする水を飲用及び生活に用いている原告らは、本件開発行為による地下水脈汚染により、生命、健康及び文化的生活を侵害される危険がある。

(2) 都市計画法は健康で文化的な都市生活の確保並びに適切な制限のもとの土地の合理的利用を基本理念とし(二条)、右理念の実現を達成するために、同法三三条一項三号並びに都市計画法施行令二六条及び同施行規則二六条は、開発行為に対する許可処分をなすための基準として、開発区域及びその周辺の地域に涵水、水質汚濁等他に何ら支障を生じさせることのないように処理される構造及び能力をもつ排水施設を有しなければならない旨定めている。

(3) したがつて、本件許可処分には、本件開発行為による地下浸透式排水が同法三三条一項三号の開発許可基準を満たす構造及び能力を有していないのにこれを許可した違法がある。

(二) 交通計画に関する都市計画法三三条一項一〇号違反(交通機能の阻害)

(1)イ 本件開発行為の実施にともない、計画地周辺の御殿場市、裾野市、長泉町、清水町、三島市、沼津市は甚しい交通機能の阻害を受けることは必定である。

ロ 本件開発行為の実施によつていかなる程度の自動車が計画地に集中するかについて訴外会社は、ピーク日において一日当り入園者数二万四〇〇〇人と試算し、自動車台数四一三一台(乗用車三八四一台、バス二九〇台)と予測しているが、その算出根拠は公園内の受入能力の最大値から求められたものにすぎず、これでは予測値たりえない。

しかし、九州や中国地方において既に開園されている同種の自然動物公園における自動車集中の実績に、各地域毎に異なる立地条件、道路事情、車保有台数、人口集積比などの要因を加えれば、本件開発行為に起因する自動車集中度について一定の予測を得ることが可能である。

ハ 本件開発行為の計画地及びその周辺は、観光上、経済上の交通の要衝であることに加えて、その周辺に首都圏、東海、中部地域という人口の密集地を有することを併せ考えれば、膨大な数の自動車の集中が予想され、前記各市町の交通機能は著しい麻痺状態に陥り、経済生活上、また健康上甚大な損害が住民に加えられることになることは明白である。特に、自己の生活道路として日常利用している原告ら地域住民にとつては、道路の機能の阻害は現代生活の基盤を破壊することを意味し、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を侵害するものである。

(2) 都市計画法三三条一項一〇号は、開発行為の実施にともない、道路その他輸送の便等に支障が生じないことを許可基準の一つに定めている。

(3) 本件開発行為の実施はまさに右にいう支障を生ぜしめるものであつて、この点につき充分な調査、審理をすることなく漫然と許可を与えた本件許可処分は違法である。

(三) 防災計画に関する都市計画法三三条一項六号違反(地震による被害)

(1)イ 計画地が存する静岡県東部地方は、富士箱根火山帯に連なる日本有数の地震多発地域であり、現に近い将来においてマグニチユード七ないし八という大地震(いわゆる東海大地震)の発生が極めて高いものとして予想され、静岡県を始めとして各市町村において地震の予知及び対策等の種々防災対策が真剣に考慮され準備されていることは周知の事実である。

ロ しかるに本件自然動物園の施設は単に外柵で広大な土地を囲い(猛獣地帯は特に二重に敷設するといわれるが)、その中に動物を放し飼いにするという極めて簡単なもので、地震の際に動物の逃亡を防止することはほとんど不可能である。

ハ 地震により外柵が倒壊し、動物特に猛獣が逃亡したとすると、計画地の近隣はすべて山岳地帯であり、この中に逃亡した動物は地震時の混乱も加わつて発見することすら困難であり、ましてや射殺する余裕など思いもよらないところである。

そして計画地の半径二〇キロメートルの地域内には沼津市、三島市、御殿場市、富士市の各都市が存在しており、逃走で気も荒ら立ち空腹になつた動物がたやすく都市部に現われた場合のことを想像すると、猛獣による被害の発生とともに住民の中にパニツク状態が起ることは必至である。

(2) 都市計画法三三条一項六号には「開発区域内の土地が、地盤の軟弱な土地、がけくずれ、又は、出水のおそれが多い土地、その他これらに類する土地であるときは、地盤の改良、擁壁の設置等安全上必要な措置が講ぜられるように設計が定められていること。」と定められている。

(3) 本件開発行為は、大地震の発生が予想される危険地帯であるうえ地盤の軟弱な計画地において、地震に耐えるに充分な地盤の改良、擁壁の設置がないため、右許可基準を満していないのに、地震の危険性を全く考慮に入れずこれを許可した本件許可処分は違法である。

(四) 植生計画に関する都市計画法三三条一項八号違反(植生等の破壊)

(1) 計画地は全敷地にわたつて森林地帯となつており、水源涵養林の役目を果すとともに、計画地内には学術的に貴重なアシタカツツジ、サンシヨイバラ、マメザクラ等の植物が生育しているが、本件開発行為は右植物、その生育に必要な表土及びそれを取り巻く自然環境を根こそぎ破壊するものであるし、ひいては水源涵養林としての機能を破壊し、地下水脈に対しても大きな影響を与えるものである。

(2) 都市計画法三三条一項八号には「政令で定める規模以上の開発行為にあつては、開発区域及びその周辺の地域における環境を保全するため、開発行為の目的及び二号イからニまでに掲げる事項を勘案して開発区域における植物の生育の確保上必要な樹木の保存、表土の保全、その他の必要な措置が講ぜられるように設計が定められていること。」と定められている。

(3) 本件許可処分は、本件開発行為が計画地の植生に必要な表土を覆滅し、学術的に貴重な植物も伐採し、また、植物の広大な伐採による水源涵養林機能も破壊することになる設計のため、右許可基準を満していないのに、これを許可した違法がある。

4  結論

よつて、原告らは被告に対し、本件許可処分の取消しを求める。

二1  本案前の主張

原告らは、本件許可処分の取消しを求める法律上の利益(行政事件訴訟法九条)を有しないから、本件訴えは不適法であり却下されるべきである。

(一) 行政事件訴訟法九条所定の「法律上の利益」の有無は、当該処分の判断基準である根拠法規が処分の取消しを求める者の個人的、具体的な権利、利益を保護対象としているか否か、そして、当該処分によりその利益が侵害されたか否かにより決せられなければならない。

(二) 都市計画法二九条の定める開発許可制度の趣旨は、土地開発を全くの自由に委ねると、その規模、態様、方法等の如何によつては無秩序に市街化が拡散し、その結果、道路、排水施設等の不備な不良都市が形成されて住居環境が劣悪化する等種々弊害をもたらすことが少なくないため、一定地域における開発行為を一般的に禁止し、都市開発上支障がないと認められる一定の基準を具備する場合にのみ禁止を解除し、土地開発の自由を回復せしめることとしていると解される。

したがつて、本件許可処分の効果は、訴外会社に対し開発区域の自由使用の一般的禁止を解除したにとどまるものであり、原告ら主張にかかる諸事由はいずれも右の法効果と直接的な関係を有していないことは明らかである。

(三) また、開発許可制度の右趣旨から明らかなように、解除基準を定める都市計画法三三条は、良好な市街地の形成という公益を達成するために開発行為がその内容として有すべき基準を定めたものであつて、原告ら主張のような私的、個人的な生活上の利益を保護することを目的とするものではないから、原告ら主張の諸事由は右のいずれの基準においても考慮の対象とされていないのである。

更に、同法二条は都市計画を定めるについての基本理念として「健康で文化的な都市生活の確保」を掲げているけれども、これは一般的な公益の保護と解すべきであり、原告ら主張の個別的利益は右公益保護を通して保護される反射的な利益ないし事実上の利益にすぎないものというべきである。

したがつて、原告らの主張する諸事由はいずれも本件許可処分の根拠法条によつて法的に保護されている利益ではないのである。

むしろ、原告らの主張する諸事由は水質汚濁防止法、道路法、道路交通法、建築基準法、大規模地震災害特別措置法、文化財保護法、森林法、自然環境保全法によつて保護が図られるべきものである。

(四) 更に、原告らの主張する諸事由は、根拠のない仮定に基づいたものであるうえに、極めて一般的、抽象的であり、何ら具体性、個別性を有しないものであつて、この点からも原告らが「法律上の利益」を有しないことは明らかである。

(五) なお、原告らの居住地と本件開発行為の計画地との地理的関係からみて、原告らには、本件許可処分の取消しを求める事実上の利益すら存しないことが明らかである。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因1の事実は認める。

(二) 同2の事実は不知。

(三) 同3冒頭の主張は争う。

(四) 同3(一)(1)イの事実は不知。同ロのうち、当初の排水処理が地下浸透処理であつたことは認め、稀釈されるとの点は争い(稀釈でなく浄化である。)、その余は不知。同ハは不知。同ニのうち、計画地が溶岩地帯であり、透水性があることは認め、その余は不知。同ホのうち、計画地の下に地下水があること、原告ら主張の地点で地下水が涌出していること、沼津市、三島市、駿東郡清水町の上水施設が涌水を利用し、右市町の相当の家庭に飲用水、生活用水として配水されていることは認め、その余は不知。同へのうち、原告らが地下水を上水源とする水を飲用及び生活に用いていることは不知、その余は否認する。同3(一)(2)のうち、都市計画法二条については認め、その余は争う。同(3)は争う。

(五) 同3(二)(1)イないしハは不知。同(2)及び(3)は争う。

(六) 同3(三)(1)イないしハのうち、東海地震を想定し、静岡県をはじめ県内各市町村が地震対策を行つていること、猛獣の広場の外周に二重の柵を設けていることは認め、その余は争う。同(2)は認め、同(3)は争う。

(七) 同3(四)(1)のうち、計画地内に原告ら主張の植物が生育していることは認め、その余は争う。同(2)は認め、同(3)は争う。

三  本案前の主張に対する原告の反論

1  従来の通説、判例は、原告の主張する利益が行政法規の保護の対象として予定されており、しかも、その具体的、個人的利益が侵害され又は侵害されるおそれがあれば、行政処分の名宛人以外の第三者であつても、原告としての適格性があるとしているのである。そこで本件について検討すると、

(一) 本件許可処分の根拠法である都市計画法は、その目的として、「都市の健全な発展と秩序のある整備を図り、公共の福祉の増進に寄与する」ことを掲げ(一条)、住民の「健康で文化的な都市生活」の確保を基本理念としている(二条)のである。ここでは、住民の健康で文化的な都市生活を享受する利益は法の保護すべき直接の対象となつているのである。同法三三条の開発許可基準も、この一条、二条の趣旨を具体的に実現するという観点から定められたものであり、この条項においても住民の健康で文化的な都市生活が法的保護の対象となつている。それは単なる事実上の反射的利益などというものではない。

(二) 請求原因3項記載のとおり、原告らは、本件処分により、飲用水、生活用水が汚染されない利益、交通渋滞等により経済生活が打撃を受けたり、健康を害されたりしない利益、地震の際の猛獣の逃亡により生活の安全がおびやかされない利益等健康で文化的な都市生活上の具体的、個人的利益が侵害され、又は必然的に侵害されるおそれがある者である。

2(一)  被告は、原告ら主張の諸事由は都市計画法による保護の対象ではなく、水質汚濁防止法等によつて保護が図られるべきものと主張する。

しかし、近時の大規模開発においては、排水問題、交通問題その他複雑に錯綜した問題が発生するため、これを被告主張の水質汚濁防止法等による個々的な規制にまかせておいては充分な規制ができなくなつたことから、大規模開発を総合的、統一的に規制するために制定されたのが現行都市計画法なのである。本件はまさに大規模開発であるから、都市計画法において排水その他の問題が開発許可基準という網を通して直接規制されるものである。ことに、水質汚濁防止法、道路法、道路交通法は、原告ら主張の諸事由に対する規制とは関係のないものである。

(二)  被告は、原告らの居住地と本件開発行為の計画地との地理的関係からみて、原告らには、本件許可処分の取消しを求める事実上の利益すら存しないと主張するが、原告らが被る利益侵害の性質上計画地から地理的に離れていて当然なのであつて、被告の主張は、被告が本件の問題を全く理解することなしに本件許可処分をなしたことを自認するものである。

3  以上のように、従来の通説、判例の立場にしたがつても、本訴訟における原告らの適格性は明らかに認められるのであるが、そもそも、原告適格についての近時の考え方は、当該処分によつて原告らの事実上の個人的、具体的生活利益の侵害又はそのおそれがあれば、それが当該行政法規の保護の対象として予定されている利益か、あるいは反射的な利益かを問わずに原告適格を認めるのである。従来の考え方は、侵害される利益が当該行政法規の保護する利益か、単なる反射的利益かを区別するが、この区別は実際上困難であり、法解釈の論争に陥つて、結局、真に重大な利益の侵害されるものの救済に欠け、抗告訴訟の制度を全うできない可能性があるのであつて、これに対し近時の考え方は極めて社会常識と抗告訴訟の趣旨に合致した考え方である。この立場に立てば、原告らに適格性があることは当然である。

更に、翻つて考えてみると、行政行為に対する訴訟は、通常の民事訴訟と異なり、権利主張の当否を争う権利関係訴訟ではないのであるから、権利(法律上保護されるべき利益)侵害という面から原告適格を限定する根拠は乏しいのであつて、むしろ、当該行政処分による影響を受ける地域の住民であれば、その個人的、具体的利益の侵害を問題にすることなく、誰でも行政行為の適否について訴えを提起する利益、資格があるというべきである。この立場によれば、原告らに原告適格があることは当然である。

第三証拠〈省略〉

理由

一  被告が昭和五三年一月二六日本件許可処分をしたことは当事者間に争いがない。

二  そこで、原告らが本件許可処分の取消しを求める適格を有するか否かについて判断する。

1  行政処分の取消しを求めることができる者は、当該行政処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者に限られると解すべきであり、右にいう法律上保護された利益とは、行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益であつて、それは、行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果たまたま一定の者が受けることとなる反射的利益とは区別されるべきものである。

原告らは、当該処分によつて原告らの事実上の個人的、具体的生活利益の侵害又はそのおそれがあれば、右利益が当該行政法規の保護の対象として予定されている利益か、反射的利益かを問わずに原告適格を認めるべきであるとか、更には、当該処分による影響を受ける地域の住民であれば、その個人的、具体的利益の侵害も問題にせず、原告適格を認めるべきと主張するが、原告適格を処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益」を有する者に限つた行政事件訴訟法九条の趣旨に鑑み、右主張はいずれも採用し難いものである。

2  そこで原告らが主張する健康で文化的な都市生活を享受する利益、すなわち飲用水、生活用水が汚染されない利益、交通渋滞により経済生活が侵害されない利益、地震の際の猛獣の逃亡により生活の安全がおびやかされない利益等が、本件許可処分の根拠となつた都市計画法二九条、三三条によつて個人的利益として法律上保護されているものか否かについてみるに、都市計画法は「都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もつて国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与すること」(一条)を目的とし、その目的達成の手段として都市計画を定めることとしたのであるが、都市計画では都市地域を市街化区域と市街化調整区域に分け段階的かつ計画的に市街化を図つていくこととして、このような市街化達成を担つて創設された制度が開発行為の許可である。ところで都市計画は、「農林漁業との健全な調和を図りつつ、健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動を確保すべきこと並びにこのためには適正な制限のもとに土地の合理的な利用が図られるべきこと」(二条)が基本理念として掲げられているが、開発行為の許可の制度は、このような基本理念のもとに、市街化区域及び市街化調整区域において行なう開発行為を都道府県知事の許可にかからしめて、これにより、開発行為について、都市の健全な発展と秩序ある整備を図るための一般的な禁止を具体的に解除せしめるものであり(二九条)、三三条はこの解除基準として良好な市街地の形成という公益を達成するために開発行為がその内容として具備すべき基準を定めたものであつて、私人の権利ないし具体的利益を直接保護することを目的とした規定ではない。したがつて、都市計画法二九条の開発行為の許可の制度は、同法の目的とする都市の健全な発展と秩序ある整備という公共の利益の実現のためになされるものであり、付近住民の権利若しくは具体的利益を直接保護したものではないと解すべきである。原告らの主張する諸利益は、いずれも都市生活上重要な利益ではあるけれども、これらは本件許可処分の根拠法規である都市計画法二九条の目的である公益の保護の結果として生ずる反射的な利益ないし事実上の利益にすぎず、個人的利益として法律上保護された利益とはいえない。

そうすると、原告らは本件許可処分の取消しを求める法律上の利益を有するものとは認め難く、原告適格を有しないものというべきである。

三  よつて、本件訴えは、その余の点につき判断するまでもなく、不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高瀬秀雄 松丸伸一郎 荒井勉)

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